小1の冬、息子は不登校になった

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不登校・子育て

小学校に入学して、初めての冬。

息子は、学校に行けなくなりました。

入学した頃は、こんな日が来るなんて思ってもいませんでした。

あの頃、息子に何が起きていたのか。

そして、学校に行けなくなった息子を前に、私が何を感じていたのか。

少しずつ、振り返ってみたいと思います。

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入学して間もなく、息子に起きた変化

息子はもともと、初めての環境が苦手な子でした。

小学校に入学する前から通い始めた学童でも、私と離れることが寂しいようで、「行きたくない」と口にすることがあった。

また、ちょっとした注意を受けたことがきっかけで、嫌な気持ちになってしまうこともあった。

あるときは、友達に話しかけられたので相づちを打っただけだったのに、息子だけが怒られてしまったこともあった。

息子なりに納得できない気持ちがあったのだと思う。

そんなことが重なると、学童に行くこと自体が嫌になってしまうこともあった。

そして、小学校への入学。

新しい環境に慣れるまで時間がかかる息子が、学校生活を楽しめるだろうか。

私にも、不安がなかったわけではなかった。

それでも、入学してからの息子は、少し緊張しながらも、楽しそうに学校生活を送っているように見えていた。

学校であった出来事を話してくれたり、先生がしていたことを家で再現してくれたり。

そんな姿を見ていると、少しずつ学校に慣れてきているのかな、と感じていた。

学校での時間は、それなりに楽しく過ごせている。

そう思っていた。

ただ、ひとつ気になっていたことがあった。

それは、毎朝、学校で私と別れるときの息子の様子。

不安な気持ちを隠そうとしているのか、どこか寂しげな表情を浮かべていた。

本当はまだ不安なのかもしれない。

それでも、息子なりに頑張っているのかもしれない。

私はそんなふうに感じながらも、学校での出来事を楽しそうに話す息子の姿に、少しずつ新しい生活に慣れていくことを期待していた。

まさか、このあと学校に行けなくなる日が来るなんて。

そのときの私は、まだ想像もしていなかった。

学校で起きていた異変

保護者面談があった日のこと。

帰宅してから、私は息子に何気なく声をかけた。

「学校で困ったことがあったら、先生に言っていいんだよ」

何かあれば先生に相談していい。そんな当たり前のことを伝えただけだった。

そして、翌日。

私はいつもどおり仕事をしていた。

仕事が終わったら、学童に息子を迎えに行く。いつもの一日になるはずだった。

そんなとき、仕事中に学校から電話がかかってきた。

先生の話によると、息子は泣きながら、こう訴えていたという。

「もう帰りたい」
「早くママのところに行きたい」
「ママに会いたい」

そして、学童にも行きたくないと話していたそうだった。

私は、早めに仕事を切り上げ、急いで学童へ迎えに行った。

息子は、どんな気持ちで学校にいたのだろう。

先生に泣きながら訴えるほど、ママに会いたかったのだろうか。

入学してから、息子はずっと何かを我慢していたのかもしれない。

慣れない環境の中で、言葉にできない不安を抱えながら、毎日を過ごしていたのかもしれない。

今になって振り返ると、あの頃の息子は、私が思っていた以上に緊張し、心を張り詰めさせていたのだと思う。

そして、この日を境に、息子の学校生活は少しずつ変わっていくことになる。

当時の私は、まだ知らなかった。

この日の出来事が、息子が学校に行けなくなるまでの、大きな転機になっていたことを。

その日を境に、息子は学校に行きたがらなくなった

学童に迎えに行くと、先生からこんな話を聞いた。

「今日、来たときには目の周りが真っ赤になって、腫れていたんですよ」

学校で、たくさん泣いたのだろう。

先生からそう聞いて、私は息子がどんな気持ちで一日を過ごしていたのか、改めて考えた。

私の顔を見た息子は、ほっとしたような表情をしていた。

学校から電話があり、先生に「帰りたい」「ママに会いたい」と泣いて訴えていたことも、学童の先生に伝えた。

あの日、息子は学校で何を感じていたのだろう。

入学してから、ずっと我慢していたことがあったのかもしれない。

そして、翌朝。

息子は「学校に行きたくない」と訴えるようになった。

それから、毎朝のように学校へ行くことを嫌がるようになった。

昨日までは、なんとか通えていた学校。

けれど、息子の中では、もう何かが限界に近づいていたのかもしれない。

こうして、息子の行き渋りが始まった。

毎朝繰り返される「学校に行きたくない」

泣きながら訴える息子。それでも、いつか慣れると思っていた

翌日から、息子は学校に行きたがらなくなった。

私は息子を教室まで送っていくようになった。

学校に行きたくないと泣きながら、

「ママのおなかのなかからうまれてきたのに、なんでわかってくれないの?」

「信じて」

そう訴える息子。

そんな息子を前に、私はどうすればいいのかわからなかった。

それでも、学校が終わって迎えに行くと、息子はニコニコしていた。

朝はあんなに泣いていたのに、帰ってくるといつも通りの笑顔だった。

だから私は、今はまだ慣れていないだけなのだと思っていた。

学校生活に慣れていけば、きっと大丈夫。

そのときは、まだそう思っていた。

「学校に行きたくない」が、少しずつ早くなっていった

最初は、夜寝る前になると「学校に行きたくない」と言い出すようになった。

明日のことを考えると、不安になるのだろうか。

そう思いながらも、私は毎晩のように繰り返される言葉を聞くことになった。

それが、いつの間にか夜ご飯の時間になり、やがて夕方になると訴えるようになった。

まだ学校に行くまで時間があるのに。

明日の朝になったら、また嫌がるのだろうか。

そんなことを考えるようになっていた。

何度も繰り返される「学校に行きたくない」という言葉。

息子がつらい思いをしていることはわかっていた。

それでも、毎日のように聞かされるうちに、私は苛立つようになっていた。

どうして毎日、同じことを言うのだろう。

どうしたら学校に行ってくれるのだろう。

息子を心配する気持ちがある一方で、また始まった、という気持ちもあった。

そんな自分にも、どうしようもなさを感じていた。

朝になると始まるバトル

やがて、朝の登校はバトルのようになっていった。

学校に行きたくないと訴える息子。

どうにか学校に行かせようとする私。

思うように進まない朝。

必死だった。

「学校に行かせなければならない」という責任感に押しつぶされそうになっていた。

思うように進まない朝。

遅刻することも増えていった。

学校への連絡。

そして、職場への連絡。

朝から何度も連絡をしなければならないことが、とてつもなく苦痛だった。

息子のことが心配なのに、時間ばかりが過ぎていく。

仕事のことも考えなければならない。

どうにかしなければと思うのに、どうにもならない。

歩いて学校に行けなくなった日

いつからか学校に行きたくないが頑なになり、歩いて学校には行けなくなった。

そこからは学校に許可をもらい、車での通学に切り替えた。

必死で抵抗する息子

やがて、息子は歩いて学校に行くことさえできなくなった。

それでも、私は必死に学校へ連れて行こうとしていた。

学校に連れて行こうとすると、息子はクッションや物を投げるようになった。

抱っこして連れて行こうとする父親を叩くようにもなった。

暴言が増え、暴力も出るようになった。

それでも、私たちは必死に学校へ連れて行こうとしていた。

学校を休ませてしまったら、もう二度と行かなくなるのではないか。

まだ小学1年生なのに。

この先、この子はどうなってしまうのだろう。

息子の未来が不安だった。

だから、なんとか学校に行かせなければと思っていた。

今振り返ると、あの頃の私たちの対応は、息子を追い詰めるものだったのかもしれない。

嫌がる息子を、無理にでも学校へ連れて行こうとしていた。

息子がどれほどつらかったのか。

あのとき、何を感じていたのか。

今になって考えると、胸が苦しくなる。

「死にたい」と言われたあの日

もう息子は限界だった。

「死にたい」
「もうこんな世の中では生きていけない」

まだ7歳の息子から発せられた言葉が重くのしかかる。

もうどうすればいいのか分からなくなった。

今までも何度も何度も、ネットや書籍を読みあさった。

学校に行きたくない子どもには、どう接すればいいのか。

親はどんな言葉をかければいいのか。

どうすれば、息子が安心して学校に行けるようになるのか。

何か答えがあるはずだと思っていた。

けれど、息子の行き渋りを書き結してくれるものなんてどこにもなかった。

何を信じていいのか分からなかった。

何が息子にとって一番いいことなのか。

もう、わからなかった。

学校に行かせることも怖い。

休ませることも怖い。

どちらを選べばいいのか、わからなかった。

それでも、息子をこのまま学校に行かせ続けることはできなかった。

ここから少しずつ学校を休ませるようになった。

そして、ついに学校に行かなくなった。

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